子どもの権利条約からのメッセージ

はじめに

「子どもの笑顔」に出会ったとき、人は誰でも子どもの健やかな成長を心から願うのではないでしょうか。子どもの笑顔は私達の心を幸せな気持ちにしてくれます。子どもは私達の未来を担うかけがえのない存在です。そして、子どもの笑顔は父母の配慮によって生まれ、それを支えるのが社会の優しさだと思います。ところが残念なことに、日々、子どもの虐待など悲惨なニュースが絶えません。子どもの幸せな社会を確実に実現するには何が求められるのでしょうか。私たちは、一人でも多くの子どもの笑顔を実現するために何を考え、何をなすべきでしょうか。

「子どもの権利条約(Convention on the Rights of the Child)」(1989年11月20日国連総会採択、1990年9月2日発効)は、世界中の人々が共有する子どもの健やかな育成への願いを象徴すると共に、父母も、社会も、子どもにかかわるすべての人々が依拠すべき規範の原点であり、特に、締約国に対し条約としての法的拘束力をもったグローバルスタンダードです。

ところが、条約の存在は一般的に知られていますが、近年、子どもの権利条約は風化の危機にさらされているとの指摘もあります。私たちは、まず何よりも、条約が生きていると実感できる社会を実現するためには、その前提として、条約の基本的理念を理解し、共有することが求められます。

子どもの権利条約のメッセージは多方面に及びますが、ここでは、➀子どもは親から独立した人間の尊厳を持つ権利主体であり、成長過程にあり保護を受ける権利主体であること、➁父母の養育権・養育義務について、その私事性と共同性の原則、及び、これを支える締約国の養育支援、保護・介入責務について再確認し、考えてみたいと思います。

子どもの権利条約の誕生とその基本的理念

子どもの権利条約の誕生

子どもの権利条約は、第二次世界大戦後の国連人権委員会の強力な活動により、人種、国や地域、文化の違いを乗り越え、長い年月をかけて、先に述べたとおり、1989年に国連総会において全会一致で誕生しました。この歴史的成果は、1948年の世界人権宣言、1959年の児童の権利に関する宣言などの成立により、子どもの権利主体性、人権保障が確立され、子ども固有の人権保障を人類普遍の原理として国際社会の共有財産とすることができたおかげです。

そして、日本は条約発効時に署名していましたが、1994年4月22日にこの条約を158番目の締約国として批准し、同年5月22日に国内的効力が生じました。世界的には、2015年10月現在、196の国が批准しています。特に、条約は締約国に対し、「この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる」(条約4条―以下条文のみを記載)ことを求めています。さらに、条約の実現を担保するために、国連に子どもの権利委員会を設け、同委員会は締約国の条約適合義務の履行について報告を求め、審査・勧告を行います(43条ないし45条)。

子どもの権利条約の基本的理念

子ども固有の人間の尊厳

条約には、「人類社会を構成する者すべてが、本来的に尊厳な存在であり、平等にして不可侵の権利を有するものであると認めることが世界における自由、正義および平和の基礎である。」とあります(前文1節)。つまり、条約は成人と同様に子どもも一人の人間として尊厳ある存在として、子ども固有の人格を認め、その意思を尊重することを明言しています。

条約は、子どもの基本的権利として、生存の権利、発達する権利、保護を受ける権利、参加の権利、自由の権利を認めています。これらの権利は多岐に及びますが、意見表明権(12条1項)、表現・良心の自由権(13条ないし15条)などによって、単に、権利享受の主体であるのみならず、権利行使の主体であることを明確にしています。

子どもの意見表明権

子どもの人間としての尊厳に基づく子どもの意見表明権は、子どもにかかわる事項について、子どもの意志、心情に耳を傾け、思いやることが求められます。ただし、子どもに親権者を選ばせるなど、子どもの意思表示について子どもに責任を負わせることではありません。さらに、父母の離婚問題に遭遇する子どもには、適切な方法で、事実関係の的確な情報を知らせることも求められます。英米法では、“Having a voice, no choice”といわれていますが、意見表明権の趣旨を的確に表し示唆的です。

実際的には、子どもの気持ちを把握することは簡単ではありません。乳幼児から思春期など子どもの成長・発達過程、子どもの置かれた複雑な個別事情を配慮することが求められます。特に、子どもにかかわる司法手続、行政機関その他のプロセスでは、子どもの意見表明権の保障について、格別の配慮が求められます(12条2項)。適切な配慮に基づく意見表明権の実現は、その過程により子どもの自己啓発・成長、最善の利益実現につながります。

「子の最善の利益」原則

条約は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が考慮されるものとする。」(3条1項)。と「子の最善の利益」を優先原則としています。したがって、司法、行政、その他の場合にも子どもに関わることについては、判断基準として、「子の最善の利益」を考慮し、優先することが求められます。

さらに、父母の子どもの養育責任についても、「子の最善の利益」原則を考慮することが求められ、子どもの幸福を優先し、現実化することが求められます(18条1項)。なお、この条約の趣旨は、国内法にも明文化され、父母の行為規範となりました(民法766条1項)。

結局、子どもの養育については、「子の最善の利益」原則がすべての基本理念であり、子どもの幸せを最優先することが養育責務の目的であると考えられます。ただ、客観的な「子の最善の利益」、「子どもの幸せ」を判断基準、あるいは行為規範として最大限考慮するための具体的判断は子ども一人一人の子どもの心情、関係性、流動性など複雑な多様性について真摯な配慮と判断が求められます。その実効性を確保するためには、比較法学情報に見られるように、国内法により具体的基準を法制度化することが期待されます。

子どもの養育責務について私事性優先と公事性の関係

父母の養育責務の優先性と共同性

条約は、先ず、子どもは父母によって養育される権利を有すること(7条1項)、次に、子どもの養育について、「児童は、その人格の全面的かつ調和のとれた発達のために、家庭的環境の下で、幸福、愛情及び理解に満ちた雰囲気の中で成長すべきである」として、家庭の価値を尊重しています(前文6節)。

その前提の上で、父母の養育権・養育責任の優先性について、「父母または法定保護者は、児童の養育及び発達についての第一義的な責任を有する。」こと、及び、父母の養育責務の共同性については、「締約国は、児童の養育、発達について父母が共同の責任を有するという原則についての認識を確保するために最善の努力を払う」(18条1項)としています。さらに、経済的な養育責任についても、父母の共同責務としています(27条2項)。しかし、共同性の趣旨は、機械的な平等の趣旨ではなく、個別事項に対応することが求められます。

わが国の父母の共同養育責任法制度については、離婚後の単独親権制度(民法819条)など親権の共同行使に限界のあることも明らかであり、養育権の共同性を前提にした子の最善の利益に沿う制度の構築が緊急の課題ではないでしょうか。

 子どもの生命・成長・発達する権利保障と養育責務の公事性

先に述べたとおり、父母の子どもの養育責務は第一次的であり、私事性優先ですが、締約国には、父母の養育責務の私事性優先を認め、そのうえで私事性を支援する責務を課しています。父母と締約国の養育責務についての基本的理念を再確認することが求められます。

締約国は、「児童の最善の利益のために必要である」(9条1項)場合を除き、父母の養育に直接介入することは抑制されています。また、「親が働きに出ている場合、その児童が資格のある児童養育サービスを受ける権利を有する。」とし、締約国に対し父母の就労を当然の前提とした子育て支援を義務付けているのです(18条3項)。これによって、父母共に真に共同して養育責任を果たすことが可能になります。

条約は、締約国に対し、「この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な法的措置、行政措置、その他の措置を講ずる」(4条)ことを求め、生命・発達する権利保障、子の最善の利益原則の実現の基本的理念を前提に、締約国に対し、父母の養育責務の私事性優先原則の実現のためにその支援義務、子の利益侵害に対応した保護。介入責務を負わせています。つまり、「子の最善の利益」実現を大前提に父母と締約国の養育責務を二重構造により、子どもの生命・発達する権利を保障することを求めています。

21世紀こそ「子どもの世紀」の実現を

近年、世界中が混迷化・二極化の嵐に見舞われていますが、このような時代こそ、人類の普遍的原理の再確認が求められるのではないでしょうか。20世紀初頭に、エレン・ケイ(Ellen Karolina Sofia Key1826-1926)は、名著「児童の世紀」において子どもの権利論を展開し、20世紀こそ子どもの世紀の実現を希求しました。

子どもの権利条約は、20世紀の成果として、「子の最善の利益」の実現、子どもの幸せに向けた明るい展望を与えてくれます。また、条約は子どもの健やかな成長を担う父母をはじめ、子どもに関わる全ての人々の行為規範として、私たちを支援してくれます。子どもの父母、締約国、それを支えるすべての人々が、子どもの権利条約が生きていると実感できる社会を願い、実効性のある法制度、当事者支援などの深化を期待します。

私達の最大の優先課題は、21世紀こそ、「子どもの世紀」といえる社会を実現することではないでしょうか。誇りうる歴史を積み重ねるのは、私たちの責務であり、私たちの希望ではないでしょうか。

元裁判官・公益社団法人家庭問題情報センター顧問

若林昌子