最高裁2020(令2)年4月16日決定

ハーグ実施法

ハーグ条約実施法上の子の返還申立事件で成立した家事調停において定めた、子を返還する旨の条項を、同法117条1項を類推適用して変更することができるとした事例

出典
最高裁判所民事判例集74巻3号737頁、家庭の法と裁判29号49頁、判例タイムズ1476号56頁、判例時報2457号5頁
事案の概要

日本人母とロシア人父は婚姻して子をもうけ、2007年以降ロシアに住んでいた。2016年、当時9歳の子と母が来日し、父は、東京家裁に同年11月ハーグ条約実施法上の子の返還申立てをした。家事調停に付され、2017年1月11日、翌2月12日限り子をロシアに返還する旨の合意等を含む調停が成立した。しかし、子は、同月10日、下校途中教会に、ロシアに行きたくないと言って保護を求め、以後日本で生活している。父は、同年2月、間接強制の申立てをし、家裁は、母に対し1日当たり1万円支払うよう命令した。父は、その後代替執行等を申立て、次いで2018年2月には札幌地裁に人身保護請求をし、そのなかで同年7月30日裁判上の和解が成立(子がロシアの第9学年修了まで試験を受ける、父は代替執行事件に基づく解放実施の申立てをしないが、子が正当な理由なく試験を受けなかったときはこの限りでない等)した。

母は、東京家裁に、子がロシアへの帰国を拒否し、日本での生活を強く望んでいるから事情の変更があり、調停における子の返還合意の維持は不当であるとして、ハーグ条約実施法117条に基づき、本件調停を取り消して不成立にすることを求めた。

東京家裁は、2019年1月、申立てを却下した(調停合意も確定判決と同一の効力を有するから事情変更により調停条項変更を認める余地がある、子の意思は、返還事件及び調停において十分に考慮されるべきであり、当時、子は日本に住みたいと言っていたから、現在子が返還を拒否していることをもって子の返還義務が履行不能とか、返還債務が消滅したとして事情変更があったとはいえない)。東京高裁は、同年5月、抗告棄却した(明文がないので調停に実施法117条を適用も類推適用もできない)。母が許可抗告を申し立てた。

決定の概要

子の返還を命ずる終局決定が確定した場合、子の返還は迅速に行われるべきであるが、子が返還される前に事情の変更により返還決定を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得る。そのようなとき、返還決定が子に対して重大な影響を与えることになるから、ハーグ条約実施法117条1項の規定は、返還決定を変更することができることとしたものと解される。子の返還条項は確定した子の返還を命ずる終局決定と同一の効力を有する。また、子を返還する旨の調停が成立した場合も、事情の変更により子の返還条項を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得る。そのようなときに子の返還条項を変更する必要があることは、返還決定が確定した場合と同様である。「裁判所は、子の返還申立て事件に係る家事調停において、子を返還する旨の調停が成立した後に、事情の変更により子の返還条項を維持することを不当と認めるに至った場合は、実施法117条1項の規定を類推適用して、当事者の申立てにより、子の返還条項を変更することができると解するのが相当である。」として破棄差戻した。(I)