ハーグ条約実施法

No.11

ハーグ条約実施法による子の返還決定に基づく間接強制の申立ては、その後代替執行により子の返還が完了したことによって強制執行の目的を達したことが明らかであるから、不適法になったとした事例

裁判の表示
最高裁2022(令4)年6月21日決定
出典
家庭の法と裁判45号40頁、判例タイムズ1503号21頁
続きを読む
事案の概要

 2017年4月、父がフランスの裁判所に離婚の申立てをし、同年12月、同裁判所で、子らの親権を父母が共同行使し、フランスにある母の自宅を子らの常居所として、父母の別居等を内容とする勧解不調命令による仮の措置の決定がされた。父は、2019年7月、子らを連れてフランスを出国し、日本に入国した。母の申立てにより、2020年9月、父に対し、子らをフランスへ返還するよう命じる最終決定(以下、「本件返還決定」という。)が確定した。他方で、同年11月、フランスの裁判所では、子らの親権を父母が共同行使し、子らの常居所を父の住所と定めること等を内容とした、仮の執行力を有する本案離婚判決(以下、「本件離婚判決」という。)がなされた。母は、翌年12月、これに控訴するとともに、本件返還決定に基づく間接強制の申立て(以下、「本件申立て」という。)をした。

 原々審(大阪家裁)は、父による子らの不法な留置等の後に、子らの常居住地国において子の監護に関する裁判がなされ、父が子らの監護者と指定され、その点に仮の執行力がある場合であっても、ハーグ条約実施法28条3項、135条の趣旨に照らすと、本件返還決定に基づく強制執行が制限されると解することはできないとして、権利濫用との父の主張を排斥し、本件申立てを認めた。父が執行抗告をした。

 原審(大阪高裁)は、子らの監護については本件離婚判決の判断が尊重されるべきで、子らのフランスへの返還を強制することが本件離婚判決に反することが明らかである。本件離婚判決が仮の執行力を有する間は、本件申立ては許されるべきでなく、権利濫用に当たるとして却下した。母がこれを不服として許可抗告した。

 2021年8月、執行官は、大阪家裁による授権決定に基づき、子らを父から解放して母に引渡し、その後子らはフランスに返還された。

決定の概要

 本件申立ての後、母がハーグ条約実施法134条に基づき本件返還決定を債務名義として申し立てた子の返還の代替執行により子の返還が完了したことによって、本件返還決定に係る強制執行の目的を達したことが明らかであるから、本件申立ては不適法になったものといわなければならないとして、結論において原決定を是認し、母の抗告を棄却した。

 なお、原決定の理由につき、外国における子の監護に関する裁判がされたことのみを理由として子の返還の強制執行を許さないとすることは、仮に同裁判が適正な審理の下に行われたものであったとしても、ハーグ条約の目的、同条約17条及びこれを受けて定められたハーグ条約実施法28条3項の趣旨に反するおそれがあるとの2名の裁判官の共同補足意見が付された。(B)

No.10

父が母に対し、ハーグ条約実施法に基づき、乳児である子をオーストラリア連邦に返還するよう求めた事案において、その常居所地国がオーストラリア連邦であると認めることはできないとして、子の返還を命じた原決定を取り消し、父の申立てを却下した事例

裁判の表示
大阪高裁2021(令3)年5月26日決定
出典
家庭の法と裁判42号51頁
続きを読む
事案の概要

 オーストラリア連邦(以下「豪州」)という。)に居住していた父(豪州国籍)と日本国内に居住していた母(日本国籍)とは、インターネットを通じて知り合い、父が2019年に日本に渡航して母と性的関係を持ち、母が妊娠した。同年7月、母は、豪州で出産し、子を父と共に養育するため豪州に渡航し、父と同居した。しかし、母は、出産前において他者との関係で不安やストレスがあったが、父がこれに配慮してくれないなどとして、父への不満やストレスも溜めていき、父のもとを去る決心をしたことや、出産後には日本に帰国するつもりであるとのメッセージを父に送信した。母は、出産後、父に対する不満やストレスをより一層強く感じて、父からDVを受けているとも思うようになった。母は父に対し、曾祖母が子に会いたがっているとして日本に帰国することを伝え、父はこれを了承した。母は、生後43日の子(豪州国籍)を連れて日本に帰国した。同年12月、母の父は、母子ともに日本に留まる旨を父に伝えた。

 父母は婚姻していないが、豪州家族法により、双方とも子につき監護の権利を有するとみなされる。父は、2020年、母が日本に子を留置しているとして、ハーグ条約実施法に基づき、母に対して子を常居所地国である豪州に返還するよう求めた。

 原審(大阪家裁)は、子の常居所地国を、子が乳児の場合は、当該居所の定住に向けた両親の意図を踏まえて判断するのが相当であるとした。その上で、母と父は、子を豪州で養育する意思で豪州での生活を開始したのであって、その後、子を豪州ではなく日本で養育する協議が調ったとする資料もないとし、子の常居所地国を豪州であると認定して、父の申立てを認容した。母が即時抗告をした。

決定の概要

 子の常居所地国を認定するに当たっては、「主として子の視点から、子の使用言語や通学、通園のほか地域活動への参加等による地域社会との繋がり、滞在期間、親の意思等の諸事情を総合的に判断して、子が滞在地の社会的環境に適応順化していたと認めることができるかを検討するのが相当である。」とした。その上で、子が豪州に滞在したのは出生からわずか43日間にすぎず、子が豪州における地域社会と有意な繋がりを形成していたとはいえないし、子の豪州国籍は自動的に与えられたもので、メディケアへの加入は子の積極的関与によるものとはいえない。子の出生時点では、母は子を豪州で養育する意思を失っていたから、遅くとも子の出生以降においては、父と母とが子を豪州で養育することにつき認識を共有していたとは認められないなどとした。これらによれば、子が豪州に常居所地を有していたとは認められないとし、原決定を取り消して、父の申立てを却下した。(SH)

No.9

母がハーグ条約実施法に基づき、父に対して子らを常居所地国であるフランスへの返還を求めた事案において、返還拒否事由があるとは認められないなどとして、子らの返還を命じた原決定を相当とした事例

裁判の表示
大阪高裁2020(令2)年12月8日決定
出典
家庭の法と裁判40号85頁
続きを読む
事案の概要

 いずれも日本国籍を有する父母は、2010年に長男(2004年生)及び子ら(二男(2006年生)・長女(2008年生)いずれも日本国籍)とともに日本からフランスに渡り居住した。2017年に父がフランスの裁判所に離婚を申し立て、同年、同裁判所は父母の別居を許可し、長男及び子らの常居所地を母宅と定めた。その判断に従い、2018年には、父が単身で転居し、母ら4人と別居した。2019年7月下旬、父は、母の了承の下、翌8月中旬までの予定で、観光等の目的で長男と子らを連れて日本に入国し滞在した。滞在期限前日に、父は、長男がかねて日本在住を希望していることを前提に、子らに対し、長男と子らの3人セットでなければフランスに帰国させない旨を告げた。滞在期限の日に、父は母に対し、子らをフランスに戻さない旨を伝え(本件留置)、日本で子らと同居した。同月下旬、母は父に対し、子らをフランスに帰国させるよう求めるメールを送り、その後、日本の外務大臣に対して外国返還援助を申請して援助決定を受け、弁護士を通じて抗議する旨のメールを送ったりした。父が子らの返還に応じないため、2020年7月、母が子らの返還を申し立てた。

 原審(大阪家裁)は、主要な争点となった子らの異議(ハーグ条約実施法28条1項5号)につき、その異議の内容、性質、強度を吟味し、子が自らの意思により中長期的な視点に立ち強固に返還を拒んでいると認められて初めて返還拒否事由に該当すると解するのが相当であるとし、二男はフランスに戻ることに異議を述べたと評価できない、長女は、フランスに返還されることに異議を述べているといえるが、強固に拒否しているとは評価できないとした。したがって、返還拒否事由があるとは認められず、子らをフランスに返還するよう命ずる旨の決定をした。これを不服とし、父が即時抗告した。

決定の概要

 争点についての原審の判断を相当とした。子の異議の有無につき、「子の異議の内容、性質及び強度等とともに、子がそのような異議を述べるに至った背景事情等も検討した上、子が、常居所地国に返還されることについて、様々な要素を熟慮して異議を述べたものか否かを判断することが必要である」との判断基準を示し、本件においては、日本での滞在期限前日に、父が子らに対し、事実上、日本に残る以外の選択肢を与えないと受け取れる発言をし、子らが日本にとどまることについて強い影響を与えているなどとした。したがって、子らについて同法28条1項5号所定の異議を述べたとは評価できないとした。なお、本件申立てが本件留置から1年近く経過した時点でなされたことにつき、離婚裁判の駆け引きで権利濫用に当たるとの父の主張に対し、母が留置を認容していないことと、父が違法に子らを留置したことに原因にあるというほかないから、権利の濫用に当たらないとした。以上により、父の抗告を棄却した。(SH)

No.8

父が母に対し、ハーグ条約実施法に基づき、フィリピン共和国への子の返還を求めた事案において、フィリピンが子の常居所地国であるとは認められず、その余の点についても判断するまでもないとして、子の返還を命じた原決定を取り消し、同申立てを却下した事例

裁判の表示
東京高裁2020(令2)年5月15日決定
出典
家庭の法と裁判36号105頁
続きを読む
事案の概要

 2017年、母が出産した子を父が認知した(全員が日本国籍)。母子は父と同居するようになり、同年12月9日、父の会社の事務所等として利用していた日本国内の本件マンションの住所に母子の住民登録をした。父母は、フィリピンであれば物価が安く、家事や育児をメイド等に手伝ってもらうことができると考え、同月24日、子を連れてフィリピンに渡航し、同日付けでフィリピンに転出する届出をした。父母は同所でコンドミニアムを購入し、内装工事や家具の搬入を経てそこに滞在することにした。父母と子は、ビザを取得しておらず、フィリピンにおける滞在は30日までしか許されなかったため、2018年2月10日に帰国し、本件マンションで過ごした。母子は同日付けで本件マンションに転入する届出をし、児童手当の申請手続きを行ったり、乳幼児健診を受ける等した。同年3月22日、父母と子はフィリピンに渡航し、コンドミニアムに滞在した。同年4月26日、父母と子は日本に帰国し、父は、同日付けで本件マンションに転入する届出をした。同月、父母は婚姻した。同年5月9日、父母と子はフィリピンに渡航し、父のみ、同日付けでフィリピンに転出する届出をした。同年6月4日に再び帰国した際、子のために幼児教室を見学したり、児童手当や乳幼児健診を受ける等した。その後も渡航を繰り返していたが、同年11月9日、父の同意を得ることなく、母が子を連れて日本に帰国した。2019年10月11日、父が子の返還を申し立てた。

 原審(東京家裁)は、常居所の認定に際しては、居住期間、居住目的、居住状況等の諸要素を総合的に勘案して、個別具体的に判断するのが相当としたうえで、子が幼児の場合には、子の常居所の獲得については、当該居所の定住に向けた両親の意図を踏まえて判断するのが相当とし、父母と子がフィリピンにおいて約10か月半の大部分の期間居住していたこと、居住目的は、子育ての負担軽減等であったこと及びこの間、継続してコンドミニアムに居住していたこと等を総合すると、父母は、フィリピン入国直後から相当長期間継続して定住する意図の下で、住居として購入したコンドミニアムで子と生活していたということができ、フィリピンを常居所地国と認めるのが相当であるとした。その上で、ハーグ条約実施法28条1項4号の「重大な危険」があるとはいえないとして、子の返還申立てを認容した。これを不服として、母が抗告した。

決定の概要

 「子が幼児の場合においても、子の常居所の獲得については、当該居所の定住に向けた両親の意図だけでなく、子の順応の程度等をも踏まえ判断するのが相当である。」とし、父母と子のフィリピンにおける居住は、ビザがなく、滞在期間が制限されている中で頻繁にフィリピンから移動することを余儀なくされていたものであり、滞在中も、育児負担の軽減等に対する父の配慮が十分であったとはいい難く、父は、日本での居住及び会社の事務所を維持する一方、フィリピンでは特段の事業を行っていたものではなく、子も、2018年2月10日以降は、本件マンションの住所に住民登録し、日本において定期健診や児童手当の支給等を受け、幼児教室の見学も行っていたのに対し、フィリピンにおいては、医療面や福祉面、教育面での関係性が生じていたともいえないことから、子育てのためフィリピンに定住する意向が父母にあったとか、子がフィリピンに十分に順応していたものと認めるに足りず、フィリピンを常居所地国と認めることはできないとして、原決定を取り消し、父の申立てを却下した。(KI)

No.7

母が父に対し、ハーグ条約実施法に基づき、子のアメリカ合衆国への返還を求めた事案において、子の常居所地国は日本であると認め、子の返還申立てを却下した原決定を維持し、母の抗告を棄却した事例

裁判の表示
東京高裁2020(令2)年9月3日決定
出典
家庭の法と裁判36号88頁
続きを読む
事案の概要

 いずれも米国籍の父母は、2007年に結婚してもうけた2子(いずれも米国籍、2009年生及び2012年生)とともに米国で生活していた。父は、2018年に短期滞在、2019年には高度専門職の各在留資格で、計3回、子らを伴って(2019年からは子らは帯同家族)日本に入国した。母はこの間米国に居住したまま、短期間の来日を繰り返した。2019年11月以降、子らは父により米国へ渡航しない状態が継続し、母は2020年2月に子らの返還を申し立てた。

 原審(東京家裁)は、「常居所」とは人が常時居住する場所で、単なる居所とは異なり、相当長期間にわたって居住する場所をいうものと解されるとし、居住年数、居住目的、居住状況等の事情を総合的に考慮して個別具体的に判断するのが相当であるとした上で、①子らは日本において、インタ―ナショナルスクールに在籍し通学していたこと、医療的ケアを受けるため日本の国民健康保険に加入したこと等から、日本における居住期間が約9か月であっても、日本において、社会環境及び家庭環境における実質的な結び付きを保持ないし発展させながら、相当長期間にわたって居住してきたということができる、②父は、相当長期間にわたって日本において居住する意図の下で子らと生活してきており、母は、父が子らと共に日本において定住して生活する状況を認識しながら短期間の来日を繰り返し、自らも日本で勤務できるよう求職活動を行い、子らを日本で長期間通学させるために1年間分の学費を支払った事実などから、子らは、日本において社会環境及び家庭環境における実質的な結び付きを保持ないし発展させながら、相当長期間にわたって居住してきたといえるから、子らが相当長期間にわたって居住する場所の所在する国、すなわち常居所地国は日本であったというべきで、米国であったとは認められないとした。母が即時抗告した。

決定の概要

 原審の認定判断をほぼ是認した上で、常居所地につき、「留置の開始の直前の時点で、相当長期間にわたって居住していた場所を指すものであるから、更にそれ以前に居住していた場所に関する居住年数や居住状況との比較が直接意味を持つものではない」とし、留置に先立ち、子らが日本で父と約1年間居住し、在留資格の取得、住民登録、健康保険加入等を経ていたことや、米国の小学校の在籍登録を抹消の上、日本国内の小学校に通学していたこと等の客観的事実関係から、子らにつき、国籍が米国であることや日本語能力を有しないこと等を踏まえても、日本と密接な結びつきを有し、社会環境及び家庭環境に統合していたということができるとした。母の、常居所地国の認定に当たっては親の具体的な意思をも考慮すべきであるとの主張に対しては、母が依拠した欧米の判例等でも子の社会環境及び家庭環境への統合の有無・程度によって子の常居所地を認定するのが原則であり、子が乳幼児である場合には子の統合の程度を測る上で子の主たる養育者である親の事情や意思が補充的に参照されるが、本件子らの年齢(留置当時10歳と7歳)等に鑑みれば殊更に親の意思や合意の内容を重視するのは相当でないと判示した。(B)

No.6

父がハーグ条約実施法に基づき子をスリランカに返還するよう求めた事案において、子の常居所地国はスリランカではないとして、子の返還申立てを却下した原決定は相当であるとして抗告を棄却した事例

裁判の表示
大阪高裁2019(令1)年10月16日決定
出典
家庭の法と裁判32号62頁、判時2480号21頁
続きを読む
事案の概要

 父と母(ともに元スリランカ国籍)は、婚姻して2002年以降日本で生活し、この間、長女及び子(2012年生)をもうけた。2017年には、一家4人で帰化した。同年7月から2019年4月までの間、一家はスリランカと日本との間を多数回往来し、子は、2017年9月から2019年4月までの間は、概ねスリランカに居住して同国の学校に通学し、その長期休暇中に日本に帰国して日本の小学校に通った。2018年8月頃から父母は国内で別居し、母は父に対し、子らの監護者指定等の調停等を家裁に申し立てた。2019年4月、母は、子とともにシェルターに入り、子を留置した。父はスリランカに渡航し、同年6月、母に対し、母による日本での子の留置により父の子に対する監護の権利を侵害されたと主張して、ハーグ条約実施法に基づき、子をその常居所地国(法2条5号)であるスリランカに返還するよう申し立てた。

 原審は、子の常居所地国は日本であり、スリランカではないとして本件申立てを却下した。父が即時抗告をした。

決定の概要

 常居所を認定するにあたっては、居住年数、居住目的、居住状況等を総合的に勘案して認定すべきであり、「特に子が低年齢である場合には、子の常居所の獲得については、以前の常居所を放棄し新たな居所に定住するとの両親の共通の意思を重視すべきである。」とし、子を日本において日本人として養育していくことが父母の共通の監護方針であったことは明らかで、子は、この監護方針に沿って家族とともに帰化した上、約5年間にわたって日本において日本人として生活してきたこと、父が2017年9月に子らとスリランカに渡航するに当たっても、自宅や住民票及び父の仕事は日本に残されたままであったこと、母は、当該渡航は夫婦関係が改善するまでの一時的なものと理解していたことなどに照らせば、「日本における常居所を放棄し、スリランカに定住するという抗告人(父)と相手方の共通の意思は形成されていないものというべきである。」とした。また、子は、2017年7月にスリランカに渡航し、同年9月から現地の学校に通学していたものの、同校の長期休暇の都度、日本に帰国して日本の自宅で生活したり、日本の小学校に通学していた上、出生以来、5年余の間、日本人として日本語を母国語として日本の生活風習の中で養育されてきたことなどからすれば、留置がされた時点において、子の社会的結び付きも、スリランカよりも日本の方が強かったということができるし、父と母との間には、子について、監護者指定等の裁判も我が国の家庭裁判所に係属していた。そうすると、子の常居所地国は日本であり、スリランカであるとは認められず、したがって、原決定は相当であるとした。(B)

No.5

母が父に対し、ハーグ条約実施法に基づく子の返還を求めた事案において、子の常居所地国を米国とした上で、同法28条1項4号(重大な危険)の返還拒否事由があると認められないことから、子の返還を命じた原決定を相当とし、父の抗告を棄却した事例

裁判の表示
東京高裁2020(令2)年6月12日決定
出典
家庭の法と裁判32号52頁
続きを読む
事案の概要

 父母は、婚姻して日本で生活し、その後いずれも帰化して日本国籍となった。2013年3月に、米国における主に短期の商用を目的とするB1ビザを取得した。2014年に日本で子(日本国籍)をもうけ、日本で生活していたが、2017年7月に子を連れて渡米し(本件渡米)、同年12月には、母を代表者とする法人を設立した(本件法人)。本件法人は、2018年9月にレストランの事業譲渡を受け、同年11月に同レストランのフランチャイズ契約を締結した。父母は、投資等の事業を進めると同時に、米国での事業に必要なE2ビザの取得手続を進めていた。2019年2月に父母は子を連れて来日し(2月来日)、同月、父母の出生地である海外の地域Aに里帰りした。同年4月18日、父は母に告げることなく、子を連れてAから日本に渡航して連れ去った(本件来日)。現在、父は、日本で稼働しており、子(5歳)は日本で保育園に通っている。母は、2019年12月、東京家裁に対し子を米国に返還するよう求める本件申立てをした。

 原審は、子の常居所地国の認定につき、子が幼い場合には、当該居所の定住に向けた両親の意図を考慮して判断するのが相当とし、本件渡米は父母が米国で事業を行うことを具体的に計画・実施したものであること、事業実現に向けて行動し、E2ビザの取得手続を進めてきたこと等に照らすと、本件渡米は、米国での投資等の事業を成功させるまでの相当長期間にわたって居住する目的で行われたものというべきとした。また、本件渡米から2月来日までの約1年7か月の間、子は、米国において、健康保険に加入し、幼稚園に通い、英語を使用して生活しており、子は、相当長期間、米国で安定的に生活していたと認められるから、子の常居所地国は米国であるとした。その上で、父母及び子には米国での在留資格がなく、子を米国で監護することが困難なので、子を返還することにより子の心身に害悪を及ぼしその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるとの主張に対し、父母も子もビザ免除プログラム(ESTAの申請)により適法に米国に入国又は滞在することが可能であること等に照らすと、ハーグ条約実施法28条1項4号の「重大な危険」を生じさせることにはならないとし、母による子の返還の申立てを認容した。父が即時抗告をした。

決定の概要

 原審の認定判断をほぼ全面的に是認し、「少なくとも本件法人がレストランの事業譲渡を受けてその経営を開始した後は、米国に相当長期に滞在する意図であったことが認められ、このような両親の意図に基づき、」子は、「本件渡米から2月来日までの約1年7か月の相当長期間米国に滞在し、その間、住居や幼稚園等、安定した生活環境の下で養育されてきたことを考慮すると、本件子の常居所地は米国であったことが明らかである。」とし、「重大な危険」も認められないとして、父の抗告を棄却した。(KI)

No.4

父が母に対し、ハーグ条約実施法に基づく子の返還を求めた事案において、母が自殺する可能性があることで同法28条1項4号(重大な危険)の返還拒否事由があるとした原決定を取り消し、同事由等は認められないとして子の返還を命じた事例

裁判の表示
東京高裁2020(令2)年1月21日決定
出典
家庭の法と裁判31号70頁
続きを読む
事案の概要

 日本人母とアメリカ人父は、2016年にアメリカで子をもうけ、子は出生以来、アメリカで生活していた。母は2017年1月までに父から暴力を受けたとして病院に通院したことがあった。父は、かねてより大麻を喫煙・購入し、2018年には大麻を所持したとして逮捕された。2018年10月、父母は、均等に子を監護すること、休暇を目的として毎年3週間子と過ごすことができること、母については子を連れて3週間日本に滞在できること等を内容とする養育計画に合意した。同年12月、母は子を連れて日本に入国したが、3週間を経過してもアメリカに帰国せず、父に対して帰国の意思がない旨記載したメッセージを送付した。2019年2月、アメリカの裁判所は、父の申立てに基づき子の引取命令を発令した。このため母は、アメリカの管轄州内に入った場合、子を父に引渡すよう命ぜられ、逮捕・収監される可能性がある。2019年7月、父は、東京家裁に対し、子の返還を申し立てた。家事調停に付され、子を常居所地国であるアメリカに返還する方向で協議が進められたが、調停は不成立となり、決定予定日を同年9月3日と告知された。その数日前である同年8月、母は遺書を残した上で、致死量を超える薬剤を摂取し、自殺未遂に及んだ。

 原審(東京家裁)は、父による大麻使用が子の心身に有害な影響を及ぼすか、母が父から子に心理的外傷を与えることになる暴力等を受けるおそれがあるか、父又は母が常居所地国において子を監護することの困難性について、それぞれハーグ条約実施法28条2項1号から3号の掲げる事情に該当しないと判断した。しかし、母が及んだ自殺未遂については、親権をめぐる係争が誘因となっており、子の返還を命じた場合に母が再度自殺を企図する可能性は高く、母との死別という耐え難い状況に子を置くことになるから、同法28条1項4号の規定する「重大な危険」があるとして、子の返還申立てを却下した。父が即時抗告した。

決定の概要

 母には精神病の既往歴がなく、自殺未遂は発作的なものであり、また、事後の経過についても、退院後の精神状態に不安定なところはみられず、親族等が自殺予防措置を講じている様子はうかがわれず、勤務を継続することが可能である等、希死念慮が重大かつ切迫したものとは認め難い。母の無力感、絶望感等からくる自殺衝動や希死念慮の高まりは、一時的な現実検討能力及び判断力低下によるもので、精神科医師らによる医療的介入や治療行為、親族等による自殺予防の措置等により回避されるべきものであり、必要かつ有効な措置等が講じられる限り、子の返還を命じた場合に母が自殺をする可能性は高いとはいえない。以上から、上記自殺未遂の事実をもって、ハーグ条約実施法28条1項4号の規定する「重大な危険」があるとまで認めるには足りず、「この判断は本決定告知後に相手方(注:母)が再度自殺を試みる可能性自体を否定できないことによって左右されない。」として、原決定を取り消し、母に対し、子をアメリカに返還するよう命じた。(KI)

No.3

ハーグ条約実施法上の子の返還申立事件で成立した家事調停において定めた、子を返還する旨の条項を、同法117条1項を類推適用して変更することができるとした事例

裁判の表示
最高裁2020(令2)年4月16日決定
出典
民集74巻3号737頁、家庭の法と裁判29号49頁、判時2457号5頁、判タ1476号56頁
続きを読む
事案の概要

 日本人母とロシア人父は婚姻して子をもうけ、2007年以降ロシアに住んでいた。2016年、当時9歳の子と母が来日し、父は、東京家裁に同年11月ハーグ条約実施法上の子の返還申立てをした。家事調停に付され、2017年1月11日、翌2月12日限り子をロシアに返還する旨の合意等を含む調停が成立した。しかし、子は、同月10日、下校途中教会に、ロシアに行きたくないと言って保護を求め、以後日本で生活している。父は、同年2月、間接強制の申立てをし、家裁は、母に対し1日当たり1万円支払うよう命令した。父は、その後代替執行等を申立て、次いで2018年2月には札幌地裁に人身保護請求をし、そのなかで同年7月30日、裁判上の和解が成立(子がロシアの第9学年修了まで試験を受ける、父は代替執行事件に基づく解放実施の申立てをしないが、子が正当な理由なく試験を受けなかったときはこの限りでない等)した。母は、東京家裁に、子がロシアへの帰国を拒否し、日本での生活を強く望んでいるから事情の変更があり、調停における子の返還合意の維持は不当であるとして、ハーグ条約実施法117条に基づき、本件調停を取り消して不成立にすることを求めた。

 東京家裁は、2019年1月、申立てを却下した(調停合意も確定判決と同一の効力を有するから事情変更により調停条項変更を認める余地がある、子の意思は、返還事件及び調停において十分に考慮されるべきであり、当時、子は日本に住みたいと言っていたから、現在子が返還を拒否していることをもって子の返還義務が履行不能とか、返還債務が消滅したとして事情変更があったとはいえない)。東京高裁は、同年5月、抗告棄却した(明文がないので調停に実施法117条を適用も類推適用もできない)。母が許可抗告を申し立てた。

決定の概要

 子の返還を命ずる終局決定が確定した場合、子の返還は迅速に行われるべきであるが、子が返還される前に事情の変更により返還決定を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得る。そのようなとき、返還決定が子に対して重大な影響を与えることになるから、ハーグ条約実施法117条1項の規定は、返還決定を変更することができることとしたものと解される。子の返還条項は確定した子の返還を命ずる終局決定と同一の効力を有する。また、子を返還する旨の調停が成立した場合も、事情の変更により子の返還条項を維持することが子の利益の観点から不当となることがあり得る。そのようなときに子の返還条項を変更する必要があることは、返還決定が確定した場合と同様である。「裁判所は、子の返還申立て事件に係る家事調停において、子を返還する旨の調停が成立した後に、事情の変更により子の返還条項を維持することを不当と認めるに至った場合は、実施法117条1項の規定を類推適用して、当事者の申立てにより、子の返還条項を変更することができると解するのが相当である。」として破棄差戻した。(I)

No.2

ハーグ条約実施法に基づき子の返還を命じた終局決定が同法117条1項の規定により変更された事例

裁判の表示
最高裁2017(平29)年12月21日決定
出典
裁判集民257巻63頁、家庭の法と裁判15号84頁、判時2372号16頁、判タ1449号94頁
続きを読む
事案の概要

 日本人父母は子らと米国で住んでいた。母は、2014年7月、父の承諾の下に子ら(当時11歳7か月の長男、次男、6歳5か月の長女、三男)とともに帰国し、以後祖父母方に住んでいる。その後子らの米国帰国について父母の意見が対立し、父は、大阪家裁に2015年8月ハーグ条約実施法上の子らの返還申立てをした。家裁での調査では、上の二人は米国返還を強く拒絶し、下の二人は拒否的であった。また、子らはいずれも他のきょうだいと離れたくないと述べた。父は、当時子らを適切に監護養育する経済的基盤がなく、親族等からの継続的な支援を受けることも見込まれなかった。

 大阪家裁は、2016年1月、申立てを却下(5号拒否事由あり)し、大阪高裁は、同月、上の二人には5号の拒否事由があるが、下の二人は適当な成熟度に達していないので5号に該当せず、重大な危険も認められないので、同法28条1項ただし書により4子とも返還決定した(変更前決定)。父は代替執行を申し立てたが、同年9月15日執行不能となった。なお、父は、同年2月米国の自宅を競売され、8月から知人方に居住していた。母は、大阪高裁に同法117条1項に基づく終局決定の変更を申立て、大阪高裁は、2017年2月、終局決定を変更して返還申立てを却下した。父が許可抗告を申し立てた。

決定の概要

 父は、子らを適切に監護するための経済的基盤を欠いており、その監護養育について親族等から継続的な支援を受けることも見込まれない状況にあったところ、変更前決定の確定後、居住家屋を明け渡し、子らのために安定した住居を確保することができなくなった結果、子らが米国に返還された場合の父による監護養育態勢が看過し得ない程度に悪化したという事情の変更が生じたというべきで、返還を拒否している上二人について、5号の拒否事由があるにもかかわらず米国に返還することは子の利益に資するものとは認められず、ハーグ条約実施法28条1項ただし書により返還を命ずることはできない。下二人のみを返還すると、密接な関係にある兄弟姉妹を分離することになるなど、一切の事情を考慮すると、返還することによって子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があるというべきで4号の拒否事由があるとし、「変更前決定は、その確定後の事情の変更によってこれを維持することが不当となるに至ったと認めるべきであるから、実施法117条1項の規定によりこれを変更し、本件申立てを却下するのが相当である」とした。(I)

No.1

国外に連れ去られた子の釈放を求める人身保護請求において、ハーグ条約実施法に基づく返還決定に従わないまま子を監護していることには拘束の顕著な違法性があるとされた事例

裁判の表示
最高裁2018(平30)年3月15日判決
出典
民集72巻1号17頁、家庭の法と裁判15号65頁、判時2377号47頁、判タ1450号35頁
続きを読む
事案の概要

 日本人父母は長男、長女及び子(次男2004年生、米国と日本との重国籍)と米国で住んでいた。母は、2016年1月、父の承諾なく子(当時11歳3か月)とともに来日し、以後日本に住んでいる。父は、東京家裁に同年7月ハーグ条約実施法上の子の返還申立てをした。東京家裁は同年9月返還決定し、同年11月30日確定した。父が代替執行を申立て、返還実施決定を取得した。執行官は、2017年5月解放実施したが、母が激しく抵抗し、子も日本在住を希望し、米国行きを拒絶したため、執行不能となった。父は、同年7月、名古屋高裁金沢支部に、母を拘束者として人身保護請求(併せて、カリフォルニア州裁判所に離婚請求し、翌8月、父の単独監護命令を取得)した。子(同年4月から中学生)は、被拘束者代理人に対し、日本での生活を希望し、父と離れたことで安心した面もあるなどと述べ、手続きの説明を受けて理解した。

 名古屋高裁金沢支部は、2017年11月7日に請求棄却した(身体の自由拘束なし、子の自由表明意思に反する請求、返還命令確定や監護権判決の確定は本件帰趨に影響しない)。父が上告、上告受理申立てをした。

判決の概要

 子(被拘束者)が13歳で意思能力を有し、母(被上告人)のもとにとどまるとの意思を表明しているとしても、父との間で意思疎通を行う機会を十分に有していたとはうかがわれず、来日後母に大きく依存して生活せざるを得ない状況にあり、母は、返還を拒否し、子の面前で代替執行に激しく抵抗したことなどの事情の下では、「被拘束者が自由意思に基づいて被上告人の下にとどまっているとはいえない特段の事情があり、被上告人の被拘束者に対する監護は、人身保護法及び同規則にいう拘束に当たる」としたうえで、ハーグ条約実施法に基づく返還命令が確定したにもかかわらず、母がこれに従わないまま子を監護することにより拘束している場合は、その監護を解くことが著しく不当であると認められるような特段の事情のない限り、拘束者による子に対する拘束に顕著な違法性がある、として破棄差戻した。(I)